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エリック&ツチケン色に溺れた夜─土屋賢二トーク&ジャズライブ「ツチケンナイト Vol.1」─

哲学者/ジャズピアニスト 土屋賢二、トランペット奏者 エリック・ミヤシロ

2010年3月29日、「土屋賢二トーク&ジャズライブ『ツチケンナイト Vol.1』が、ヤマハ銀座スタジオで開催された。ホストは、ジャズピアニスト「ツチケン」こと土屋賢二さん。ゲストとのトークとセッションが織りなすインプロビゼーション(即興)が刺激的な企画の第一弾だ。「天才トランペッター」の呼び声も高いエリック・ミヤシロさんをゲストに迎えた、ツチケン色にあふれるステージの模様をレポートしよう。

終始、観客の笑いに包まれるツチケン愛にあふれた空間

「ツチケンナイト」は、Vol.1からエリック・ミヤシロさんという超一流のトランペッターがゲストに招かれた。サミー・デービス・ジュニアのトランペッターとして14歳でプロデビュー。以後、数々のメジャービッグバンドでハイノートヒッター(飛び抜けて高い音を演奏する人。トランペット・セクションの中でも格別の敬意を払われる)として米国を拠点に活躍してきた、ジャズ界の巨人だ。

ステージ上の哲学者・ツチケンさん × 天才トランペッター・エリックさんという組み合わせの妙。予測もつかない展開に胸をふくらませる双方のファンで、会場の椅子はすべて埋め尽くされている。土屋さんがステージに現れると、会場全体の熱気はいやがおうにも高まった。

「このライブのことを考えるだけで身体が硬直してしまって…。今日はできるだけこのライブのことを考えないようにしていきたい」

のっけから始まったツチケン流の挨拶に、会場は大爆笑。著作に見られる独特な表現とユニークな語り口は、ステージ上でも健在だ。なにより、観客のツチケンに対する愛が会場に満ちあふれているのがわかる。他のジャズライブ会場とは少々空気の異なるなごやかなムードに包まれつつ、ライブはスタートした。

すべてツチケン作曲のバラエティに富んだ刺激的なステージ

ゲストはエリックさんのほか、ドラムの岩瀬立飛さん、ベースの納浩一さん。みな日本を代表する豪華メンバーぞろいで、土屋さんも興奮気味だ。今回のライブで演奏する曲はすべて土屋さんが作曲を手がけた。

最初に演奏した「Rigid Designator」(哲学用語で『固定指示子』の意味)は、各々のソロにふんだんな見せ場のあるファスト・スウィング。トランペットが奏でるテーマに続き、ピアノ、トランペット、ベース、ドラムのソロへ。ピアノとベース、トランペットとピアノが互いに絡みつくプレイや、テクニックの光るドラムに興奮をおぼえる。中でも圧巻は、やはりエリックさんが奏でるトランペットだ。刺すような鋭い響きや、柔らかく温かみのある音色などを自在に操る様子に一瞬で心を奪われ、最後まで目が離せなかった。

「最高のメンバーをそろえて…、あ、毎回最高のメンバーって紹介すると思うけど、今日はほんっとに最高! 僕も、こんなにいい曲を作っていたなんて!」と、土屋さんもご満悦だ。

2曲目は、「僕の曲の中では綺麗な部類に入る」(土屋さん)という「Natural Kinds」(哲学用語で『自然種』の意味)。ボサノバのリズム、ゆったりしたピアノの調べにのせ、繊細な音色のトランペットが美しい主旋律を雄大に奏でる。それは、その後をひきつぐピアノソロとともに、青く輝く海が近いリゾート地の光景を思い起こさせた。ホテルのバルコニーで、凪いだ海から吹く柔らかな風に心地よく身を任せる──。そんな安らぎを感じさせてくれるような曲なのだ。

この後も、ファンク、サンバ、スロー・スウィングなど、バラエティに富んだラインアップが充実していた。特にエリックさんは、ハイノート・ヒッターとしての超絶テクニックはもちろんのこと、ほかにもさまざまな音色の表現、音の表情を見せることで、私たちを大いに楽しませてくれた。

「経験を積むごとに、音楽性は強くなる」

曲の合間には、エリックさんと土屋さんの和気あいあいなトークセッションが行われた。「ほかでは聞けない話を聞きたい」と、土屋さんが次々と質問を繰り出す。天才として生まれた気分は、体重以外で若い頃といまの変化は、初見でなぜそんなにうまく合わせられるのか、奥様には尊敬されているのか…。

エリックさんの話で印象深かったのは、負の感情や体験の生かし方だ。いまでこそ穏やかな雰囲気が漂うエリックさんだが、米国で一流バンドに属していた20代は気性が激しく、トランペットセクションを3年間で27人クビにしたのだという。「演奏中汗をかかないなんて信じられない」という理不尽な理由で辞めさせるなど、人間関係でぶつかったことも多い。いやな思いもたくさんしたが、そんな自分の攻撃性も演奏の表現をつかさどるひとつの要素になることに、あるとき気がついた。短気で尖った部分を曲の表現や演奏に生かすためには、自分を変えようとするのではなく、認識し、受け入れ、自分自身と和解する。それを繰り返してきた。

「人生経験によって出る音が変わってきた。音楽は心をつかう芸術ですから、経験を積むほど音楽性が強くなる。若い頃はテクニック重視で、ファスト・スウィングが得意でしたが、いまはバラードがたまらなく好きです」。確かに、そんなエリックさんのトランペットが情緒的に歌い上げる「Truth Function」(哲学用語で『真理関数』の意味)は、静かに、しかし熱く、私たちの心を打つ。

アンコールは、コール・ポーターのスタンダード・ナンバー「Night and Day」のアレンジ。各々、最後のソロプレイをしっかり見せつけてくれた後、土屋さんの挨拶で幕となった。「凄腕のみなさんとセッションできて、本当に夢のよう。会場のみなさんも、今夜いい夢が見られますように」。

演奏リスト

1) Rigid Designator
2) Natural Kinds
3)Error No.1
4)Samba de Error
5)Five Red Apples
6)Truth Function
7)Wittgenstain Ladder
─アンコール─
Night & Day

プロフィール

土屋賢二
1944年、岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。お茶の水女子大学文教育学部人文科学科教授。『ツチヤの口車』『妻と罰』『教授の異常な弁解』など、高度にひねくれた軽妙なエッセイのファンは多い。ピアノは趣味として40歳からはじめた。ジャズピアニストとして都内でライブ活動を行っている。
エリック・ミヤシロ
1963年、ハワイ・ホノルル生まれ。14歳でプロデビュー後、1982年、バークリー音楽大学に在籍。以降、バディ・リッチ バンド、ウディ・ハーマン バンド、メイナード・ファーガソン バンドなど、さまざまなビックバンドのリードトランペッターとして活躍した。1995年、日本国内最高のメンバーを集めた自らのビッグバンド「EMバンド」を結成。ヤマハのトランペット「YTR-8340EM」は、氏のサウンドを再現するシグネチャーモデルだ。
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