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吉田美奈子から受け継ぎ、はぐくむ国府弘子の「音楽魂」

ピアニスト 国府弘子

5月21日にヤマハホールで行われた、ピアノ、エレキベース、ドラムのトリオとボーカルのセッション『国府弘子 meets 吉田美奈子』。数多のミュージシャンとセッションしてきたピアニストの国府さんが、「いまだ出会っていない人との出会い」をコンセプトに、吉田さんへラブコールを送ったことからこのライブが実現。吉田さんとの交流を通じて、国府さんはセッションや音作りに多大なる影響を受けたという。

魂レベルで歌う、吉田美奈子の「音楽魂」を欲していた

「自分でも気づかないうちに靴が邪魔だなって脱いじゃって、裸足で演奏してました。実はその後の記憶がないんです…」

『国府弘子 meets 吉田美奈子』ライブ後半、ファンク色が強くジャジーな吉田さんのナンバー『雲の魚』をプレイしていた中での出来事だ。奏でていた音の世界に、いつにも増して没頭できた。まさに恍惚と呼べる感覚がそこにあった──ライブの感想を、国府さんはこのように振り返った。

ヤマハホールでのライブ企画が持ち上がったのは公演より約半年前。当時の国府さんは乳がんの治療を続けており、身心ともに弱っていた。楽屋でパイプ椅子を並べ、時間があれば横になっているような状態だった。そんなとき、ライブで共演したいシンガーを指名してほしいとの依頼があった。「吉田美奈子さんとセッションしたい」。なんの脈絡もなく吉田さんの名が国府さんの頭に浮かび、口に出していた。

言葉にしてしまってから、当の本人もマネージャも驚いて顔を見合わせたという。吉田さんといえば、1970年代からジャンルを問わずパワフルに活躍し続ける、一時代を築いたボーカリスト。「非常にエネルギッシュで、コラボレーションする相手のミュージシャンも中途半端な対応は許されない」、そんな話を周りから聞いていた。身体も心も脆い時期になぜ? 国府さんにもわからなかった。

「いま思えば、私は美奈子さんの“音楽魂”とでも呼ぶべきものを求めていたんだと思います。彼女の音楽はテクニックだけじゃない。魂レベルで歌われているように感じるんです」

音楽をやることは、相手と真摯に向き合うこと

通常、他のミュージシャンとコラボレーションするときは、スケジュールの都合上本番前日のリハーサルで初めて合わせることも少なくないという。しかし吉田さんとは国府さんの自宅で3回、2人きりで10時間ほどを費やした。リハーサルしてはおしゃべりし、ごはんを食べてはおしゃべりし…。ミュージシャン同士が本音と音で互いを知る真剣勝負。国府さんにとって他ではあり得ない、むきだしの2人が「meets」したコラボだった。

「初めて会った人にも真摯に向き合って、音楽を構築する。そんな美奈子さんの音楽に対する姿勢は厳しいし、決して器用なやり方ではありません。でも美奈子さんにとってはそれが必然なんですよね。彼女自身が、楽器そのもののような人だから」

ステージではごまかしが利かないことを知り尽くしているからこそ、吉田さんは本人同士で作る信頼関係を大切にしているのだ。吉田さんとセッションしていくうちに、国府さんはそう感じとった。

「音楽をやることは相手と真摯に向き合うということ。美奈子さんは、まさに私が長年欲していたものを体現してくれました」

ライブの曲は互いが5曲ずつ演奏したい曲を選び、吉田さん作詞、国府さん作曲の美しいバラード『5月の蜃気楼』も披露した。当日までの音作りは決して楽ではなかったが、そのぶんステージ上では皆が自由に泳ぎ回る、そんな実感を持てた。冒頭に記したとおり、音楽に夢中で我を忘れる体験までできたのだ。

「今もなかなか、演奏に100%の自信は持てないものです。美奈子さんとのあのライブの日ですらも、やっぱり反省点はあります。それでも自分がオーディエンスとして聴きたい響きやタッチは、あの日は8割くらいは実現できたかな。それが、すごくうれしかった」

ミュージシャンを幸せにできるヤマハホールという場

満足度が高い音や響きを実現してくれたもののひとつとして、ヤマハホールの存在も大きいと国府さんは考えている。「ヤマハホールは音がホール全体を周り込むというか…。リバーブ(残響)が豊かで長い。自分が音を出したら、ついつい天井を見上げてしまいたくなりますね」。

最高のパフォーマンスを引き出すために大切なのは、ミュージシャン自身が気持ちよく、幸せになること。国府さんにとって5月21日のライブは、極上の環境で能力が数段上に引き上げられた、不思議な体験だった。「ヤマハホールは、確実に“ミュージシャンを幸せにできる場”だと思います」。

どんな空間や楽器のコンディションであれ、臨機応変に対応する中で極上の音色を創るジャズ的な精神と、プレーヤーとオーディエンス双方が求めた究極の環境が自分の中から美しい音楽を引き出すクラシック的な精神。「どんな環境でも大丈夫」という包容力と、「この環境でなくちゃいや」というこだわり、その双方が国府さんの中には存在している。

「歌う“エネルギー魂(だま)”である美奈子さんに触れることで、コラボレーションや音楽に対する真摯さ、音楽のパワーを学ぶことができました。ヤマハホールには、プレーヤーとしての本能にスイッチを入れてもらえた気がしています」

ジャジーに、クラシカルに。これからも多様なジャンルのミュージシャンたちと、国府さんのコラボレーションは続いていく。その中で、吉田さんと国府さんが共に創り上げた“エネルギー魂”は確実に引き継がれていくに違いない。

演奏リスト

忘れないよ(国府弘子ソロ)
Gypsy Baroque(国府弘子トリオ)
Don't Let Me Be Lonely Tonight(吉田美奈子・国府弘子トリオ)
My Favorite Things(吉田美奈子・国府弘子トリオ)
Through The Fire(吉田美奈子・国府弘子トリオ)

Scarborough Fair(吉田美奈子・国府弘子)
Corona(吉田美奈子・国府弘子)
Precious(吉田美奈子・国府弘子)
5月の蜃気楼(吉田美奈子・国府弘子トリオ)
雲の魚(吉田美奈子・国府弘子トリオ)
Starland(吉田美奈子・国府弘子トリオ)

─アンコール─
翼(吉田美奈子・国府弘子トリオ)
愛があたためる(吉田美奈子・国府弘子)

プロフィール

国府弘子
東京都出身。ピアニスト・作曲家。国立音楽大学ピアノ科在学中ジャズに目覚め卒業後単身渡米、ジャズ界の重鎮バリー・ハリスに師事。1987年のデビュー以降、20枚以上のアルバムを日米で発表している。音楽の喜びと情熱、安らぎにあふれるピアノの魅力が聴く人々の心を捉え続ける。2008年、NHK教育「趣味悠々」にてジャズピアノ講座を務めた。
国府弘子ホームページ
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