Ginza Music Concierge:Artist Interview

Ginza Music Concierge

子供ばんど:震災で傷ついたファンを元気にしたい。元気を日本中に伝播させたい。

いまだから出せる子供ばんどの音を、自分も聴いてみたかった

4月19日、「待ってたぞぉ〜」「がんばれ!」の声が響く開演直前のヤマハ銀座スタジオ。1988年の活動停止以来、「永久凍土解凍」を辛抱強く待ち続けたファンの期待感と熱気が渦巻く。メンバーが姿を現すと、場の興奮度は最高潮に。ステージへ最後に登場したボーカル&ギターの“JICK”こと うじきつよしが歌い、叫んだ。「『サマータイムブルース』!!」。観客も大合唱で応える。「アンタはまだまだ子供だよ!」。

23年という年月が一気に巻き戻ったかのような時間が、そこにはあった。

彼らを再始動へと突き動かしたのは、再始動を熱望するファンの声だ。とりわけ70年代のロックを研究している個人のWebサイトが、うじきつよしさんの背中を大きく押した。

「子供ばんどを解析した内容で、最後の一文にグッときたんです。『子供ばんどをいま聞くと、歌詞や音作りに時代的な古さ、若さゆえの荒削りな部分がある。でも今の4人が集まって生の音を出したら、きっと今しか出せない音のはず。それをぜひ聴いてみたい!』」

自分も聴いてみたい。うじきさんも素直にそう感じたという。オリジナルメンバー全員に、自分の気持ちを話してみよう。そう決めたうじきさんは2010年の暮れ、子供ばんど再結成実現化に向けた「決起集会」を開くことにした。

「俺は、子供ばんどをやるための準備してきたようなもんだ」

子供ばんどは、うじきさん曰く「ガキの仲間で24時間一緒にやっていた、部活やサークルのようなノリ」だったという。20年以上ぶりに改めてメンバーと話してみると、無我夢中で突っ走る中では言えなかった想いを、それぞれが抱えていたことに気がついた。

「『あのとき、こうしていれば』『俺がやめなければ』とか、ひとりで責任を感じているヤツもいて。離れてみて初めてできた話がたくさんあった」

バンド活動中は、大切な言葉を伝えるのは照れくさい、言わなくてもわかるだろうといった感覚があった。年を経た今になって初めて、互いに相手に伝えられた言葉もある。

「トーベンが言ったんです。『俺は子供ばんどやるための準備してきたようなもんだ』って。ギター一本で365日バンドマンという生き方をしている彼の言葉には重みがあった。まぁ冷静に思い返すと、トーベンにはバンドへの加入・脱退を巡って、散々苦労させられてきたんだけどね(笑)」

実際に音を出すと、昨日まで活動していたかのように違和感がない。うじきさんにとってそのことは、バンド活動をしていた頃以上に感激した。みんなに会いに行けるのがうれしいと、遠足に行くような楽しさで練習にのぞんでいたという。

2011年1月31日、子供ばんど結成メンバーによる「永久凍土解凍」を宣言。再始動を長年待ち望んでいたファンからの反響は凄まじいものだった。

「Twitterでは、ライブの曲順決めてくる人もいたりして。『ファーストアルバム一曲目からなぞるなんて、絶対陳腐』とかね(笑)」

ファンが抱く熱い想いと呼応するかのように、ライブにかけるメンバーの情熱も並々ならぬものがあった。それは再始動の場所をヤマハ銀座スタジオに決めたことにも現れている。

バンドの原点であるヤマハからの再始動

子供ばんどとヤマハの縁は深い。当時池袋にあったヤマハのスタジオは、練習に多くの時間を費やした場所だ。デモテープを作ったり、楽器のリペアをお願いしたり。そして、練習を見守っていたヤマハのスタッフが、ヤマハ主催のアマチュアバンドコンテスト「EastWest」に出場を勧めたのがデビューのキッカケ。そこで子供ばんどは見事グランプリを受賞した。

当時から彼らを見つめてきたヤマハのスタッフは、こう語る。
「才能が云々の前に、理屈抜きで池袋ヤマハのみんなが彼らを好きだったんですよね。決起集会で音を出す姿を見て確信しました。『絶対に大丈夫、ステージは成功する』と」

再始動のステージとしては、宮城県・仙台で行われる音楽フェスティバル「ARABAKI ROCK FEST.11」が先に決まったが、子供ばんどの再始動は、原点に戻ることから始めたいと考えた。こうしてヤマハ銀座スタジオでのライブが決定。再始動に対するファンの反響は絶大で、急遽ゲネプロを公開する流れにもなった。

ところが意気揚々と動きだした彼らに、大きな難題が降りかかる。3月11日、東北地方を中心に大きな被害を受けた、東日本大震災。ARABAKIをやるはずだった仙台が壊滅的な被害を受けていた。

ライブ自体をやめた方がいいのではないか。敢行することで傷つく人も多いのでは。こんな意見がバンド内外から多数あったという。悩んだうじきさんがARABAKIスタッフに連絡をとったところ、先方から返答が来た。「ARABAKIは延期はするけれど、絶対に止めない。そのためにがんばる」。

ARABAKIががんばってるんだから、俺らはいつでも駆けつけられるよう準備しよう。そう心を決めた。計画停電にかかわらずGOサインを出したヤマハや、Twitterに寄せられる全国各地のファンに応えたい気持ちも大きかった。

「『俺、やっぱり元気だわ』という気持ちをファンに持って帰ってもらいたかった。直接的な地震の被害はなかった人々も、心のどこかに震災のショックや無力感を抱えています。そういうヤツらを俺らが元気にしたい。俺らも、その元気をもらえるようにがんばりたい。この元気を、日本中に伝播さえることが大切だと思ったんです」

「R&R WILL NEVER DIE!!!」

19日のライブはアンコールを含め17曲。「サマータイムブルース」から「踊ろうじゃないか」まで、骨太なサウンドとパワフルなステージで私たちを興奮のるつぼへと導いてくれた。ブランクを感じさせない華やかなギターの饗宴、切れ味の鋭いベースのソロ、フルパワーで押しまくるドラム。ところ狭しとステージ上で動き回るメンバーに、ビートを感じながら跳ね上がるファンたち。最初から最後まで、最高に幸せな高揚感に包まれたライブが、銀座で実現したのだ。

会場の親子連れにライブの感想を聞くと、高校生の娘さんは興奮気味にこう話した。「ギターもベースもヤバイね〜。うんうん、確かにそこいらの若いバンドなんか全然目じゃないよー!」。前述の、子供ばんどを支え続けてきたヤマハのスタッフに話しかけると、「ほら、やっぱり大成功だったでしょう」と、にっこり微笑んだ。

「このライブをキッカケに、全国でみんなに見てもらえるようにしたい」。うじきさんはステージ上で確かにそう言った。大人になった子供ばんどは、これからどんなステージを見せてくれるだろうか。彼らの活動をいつまでも見守っていきたい、一緒に元気になりたいと思わせるパワーが、子供ばんどには確実にある。

彼らが活動を続ける限り、大人になった私たちもこの言葉だけは胸に刻んでおきたい。子供ばんどと共に、私たちをいつも元気にしてくれるから。「R&R WILL NEVER DIE!!!」

演奏リスト

1. サマータイムブルース
2. のら猫
3. キャプテン・キッド
4. 頑張れ子供ばんど
5. ターザンの逆襲
6. R&R HOO CHIE KOO
7. アル中ロックンローラー
8. さよならBOY
9. DREAMIN'
10 TOKYOダイナマイト
11. R&R WILL NEVER DIE!!!

─アンコール1─
13. マンモス(新曲)
14. R&Rトゥナイト
—アンコール2—
15. あの空の果てまで
16. DEAR, MY FRIEND
—アンコール3—
17. 踊ろじゃないか

プロフィール

子供ばんど
うじきつよし(ボーカル、ギター)、谷平こういち(ボーカル、ギター)、湯川トーベン(ボーカル、ベース)、やまとゆう(ボーカル、ドラム)の4人で1980年にデビューしたロックバンド。メンバーチェンジを交えながら年間200本ものライブ活動をこなし、1988年には2000本ライブを達成した。うじきさんは音楽活動をやめ、司会や俳優として活躍。各々のメンバーはソロやバンドで活動を続けていた。
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