Ginza Music Concierge:Artist Interview

Ginza Music Concierge

サクソフォニスト 須川展也:ただ美しいだけでなく、人間の複雑な魅力を表現できるサクソフォン。

サクソフォンが持つ音色の深さと多様さに驚いたステージ

サクソフォンとは、こんなにも豊かな音色を奏で、想像だにしなかった演奏法があるものなのだ──。2011年6月13日、銀座ヤマハホールで行われた「Stellar Saxes ケネス・チェ&須川展也 デュオコンサート」は、新鮮な驚きの連続だった。

クラシック・サクソフォンのリーディングプレイヤーである須川展也さんと、アメリカで活躍する香港系アメリカ人のケネス・チェさんとのデュオライブ。アイオワ大学で教授を務めるケネスさんにとって12年ぶりの来日、さらに須川さんとのデュオ公演とあって、会場はサクソフォンのプレイヤーやファンで埋め尽くされていた。

プログラムは、2007年に2人でレコーディングしたデュオCD『Stellar Saxes』からの曲を中心に構成。ジャンルとしてはすべてクラシックでありながらも、ファンキーだったりジャジーなメロディが織り込まれていたりと、サクソフォンの音色が持つ懐の深い表現力が余すところなく発揮されたラインナップだ。「ラヴェルの墓」では深い響きと超高速フレーズを弾きこなすテクニックに惚れ惚れし、ジャン=バプティスト・サンジュレーの「サクソフォン協奏曲」では2人のサクソフォンがまるで即興で掛け合いをしているかのような感覚を楽しみ…。

とりわけ印象深かったのは、ケネスさんが無伴奏で演奏した「Rock Me!」と、2人で競演した加藤昌則作曲の「オリエンタル」。前者はスラップタンギングをはじめとする特殊奏法を多用した曲で、一本のアルト・サクソフォンが持つ音やリズムの果てしない広がりを感じさせてくれた。後者はジャズのテイストが織り込まれた、爽快さと勢いのある曲。ソプラノ、アルト、ピアノのために書かれたというだけあって、緩急をつけながらの曲調がそれぞれの持ち味をうまく引き出し、プレイヤーもオーディエンスも一体となって楽しめる空間が創り出されていた。

「ケネスさんは、アメリカ人ではあるけれど香港出身。アジア人の持つセンチメンタルな部分は共通するかなと。そこが一緒にやっていて共感できるし、楽しいんですよ」
須川さんは、ケネスさんとのデュオについてこう語ってくれた。

「ハーレム・ノクターン」と「アルルの女」に感じた衝撃

中学の時に所属していた吹奏楽部でフルートを吹いていた須川少年がサクソフォンへの転向を決めたのは、父親が買ってきたレコードを聴いたのがきっかけだ。サム・テイラーの「ハーレム・ノクターン」。音色から受けたインパクトが半端ではなかったと同時に、強い憧れを抱いたのだという。

さらにそこからクラシックへの転向を決めたのは、授業の音楽鑑賞で聴いたジョルジュ・ビゼー「アルルの女」のサクソフォンに、「透明で純粋な響き」を感じたからだ。それまでこの楽器のイメージは「ムーディ」だったのが、ベクトルが異なる音色が出せることに俄然興味が沸いた。

「親の猛反対を押し切って東京芸大に進んだのも、いまなお演奏活動をやっていられるのも、その二段階のインパクトがあったからだと思います。スタイルを真似るだけの表面的な憧れだけだったら続いてはいなかった」

クラシックだけでなく、ポピュラーのダイナミズムもわかっているからこそ、サクソフォンで両方の素晴らしさを伝えたい。そんな想いから、須川さんはクラシックのみならず、さまざまなジャンルのプレイヤーと競演。ジャズ界の巨匠であるロン・カーターや、マーティン・テイラーともアルバム制作に取り組んできた。クラシックとは異なるジャンルを追究する気持ちはないのだろうか。

「ジャズの即興を究めた人たちと同じ土俵に立つなんておこがましくてとてもとても(笑)。自分はクラシックの軸からぶれることはありませんが、ジャズやタンゴなど、異なるスタイルの方々と競演することで体感し、吸収していきたいですね」

息を使う管楽器の演奏は、自分が生きている最大の証

今回の公演のようなデュオとピアノのほか、ソロやカルテット、オーケストラのソリストなど、さまざまな形態で各地での演奏を続ける須川さん。いまやクラシックのサクソフォンプレイヤーとして押しも押されぬ人気と実力を誇るが、長い演奏活動の中では行き詰まりを感じたこともあった。

「芸大の先生になった30歳頃かな、本番でうまくいかないことが増えてしまって。『先生であるからには、模範演奏をしなければならない』と自分を追い詰めてしまったんですね。ありとあらゆる自己催眠の本を読んでみたりとあがきました。そんな、辛い時期が2年近く続いたかな…」

悩み抜いた先の結論は、「あがいても無駄だ」だった。緊張したりうまくいかない自分を認めて初めてラクになったという。
「お客様は楽譜を見ながら聴いてるわけじゃなく、何より音楽を楽しみに来ているのだから。技術的に苦手なことがあったとしても、それは人間ぽくていいんじゃないかな(笑)」

「人間らしい」というキーワードは、「人間の声に近く、人間そのものを表現できることがサクソフォンの最大の魅力」と言う須川さんの言葉に通ずるように思う。

「人間の声って美しく歌う声だけでなく、ダミ声で歌われた歌でも心を打つでしょう。例えばルイ・アームストロングのような。サクソフォンは、そういう等身大の人間を表現できるところがいいんです」

息を使うことで楽器に命を吹き込む管楽器の演奏とは、自分が生きている最大の証だと、須川さんは考えている。彼はサクソフォンで、人間が持つありとあらゆる感情を表現する。美しさも、あくどさも、暴れる気持ちも、はじけた快さも。決して綺麗ごとだけでない、人柄が出やすい楽器。

日本は「サクソフォン王国」と呼ばれるほど、楽器としてのサクソフォンは人気があるのだという。しかし、須川さんは「まだ一般の人が積極的に聴きたい、演奏したいと思える程には浸透してはいないのでは」と考えている。

「一般の人と演奏家がもっとつながったら、この楽器が日本の文化として根付くんじゃないのかな。いろんな人がもっと気軽に触って、吹いてみてほしい。僕の演奏が興味を持つきっかけになってもらえればという意識で、今後のプログラムを考えていこうとしています」

演奏リスト

1. P.スウェルツ:ラヴェルの墓(ケネス・チェ/小柳美奈子)
2. B.コックロフト:Rock Me!(ケネス・チェ)
3. E.グレッグソン:サクソフォン協奏曲(須川展也/小柳美奈子)
4. J.B.サンジュレー:デュオ・コンチェルタント(須川展也/ケネス・チェ/小柳美奈子)
5. 加藤昌則:オリエンタル(須川展也/ケネス・チェ/小柳美奈子)
6. 長生淳:パガニーニ・ロスト(須川展也/ケネス・チェ/小柳美奈子)
─アンコール─
7. J.ラフ:カヴァティーナ(須川展也/ケネス・チェ/小柳美奈子)

プロフィール

須川展也
1961年、佐賀県生まれ。静岡県立浜松北高等学校、東京芸術大学卒業。現在同大学非常勤講師。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事、第51回日本音楽コンクール管楽器部門1位なしの2位、第1回日本管打楽器コンクール・サクソフォン部門で第1位を得てデビュー。これまでに約30に及ぶCDをリリース。ソロ活動の他、ロン・カーターやマーティン・テイラーとの競演、イギリス・BBCフィル、NHK交響楽団などをはじめとする多数のオーケストラ、吹奏楽団との共演など、活躍の場は幅広い。
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